2006/10/25

シクラメンが好き

シクラメンが好き

今日も植物が話題。シクラメン好きなんです。これはたぁが買ってくれました。ってか、背景が勉強風景なの、いい加減やめようよ、自分…(._.;

シクラメンの花は、たぁが2年前のクリスマスの日、バイトから帰ってきたら、机の上に大きな鉢が置いてあって、いつかチラッとシクラメンが好きって言ったことを覚えててくれたのが本当に嬉しかっなぁ〜あの頃は(^ー^;サプライズはやっぱり嬉しいょ。今年はおねだりして、買ってもらったもん(*’へ’*)

会社にも自分でひと鉢買って飾ってるけど、本当にシクラメンは私の中で見てるだけでし・あ・わ・せ(*´θ`)(安上がり?)

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2006/09/04

百合の花といえば。。

百合の花といえば。。

アパートの駐車場の百合が満開になった。

毎年同じ場所に咲くけど、今年もちゃんと咲きました(・▽・)

百合といえば、たぁのおばあちゃんを思い出すんだょね。

百合が好きなおばあちゃんだった。

だから、お盆のお供えも百合の花を1本買っていった。

そしたら、同じ百合がもう飾られてて…

1本しか買わなかったのが何か申し訳なかったけど、一緒の花瓶に入れてあげた。

たぁも言うけど、未だにおばあちゃんが、亡くなった実感がわかない。

たぁの実家には勿論居ないはずなのに、空気になってるのか、なぜか、一緒に居るような気がして。

人の死と向き合うってすごく難しいことだけど、辛いことばっかりじゃない気もする。

人の心に生き続けるってこうゆうことなのかなぁ。

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2006/07/31

ひさかたの海

ひさかたの海

おうちに居ても、気分が浮かないから、

海まで来ちゃった…。

今日はたぁは学校の研究発表の

打ち上げかなんかで、まだ

帰って来ないから、

ひとりでご飯食べたんだけど、

いまいち気分も優れなくて、

海まで走ってきちゃいました!(わずか5分)

昔から、悩み事ができると、

よく海に来てたなぁ〜。

ずっと海と空見てると、

悩んでたことが、すごく、

小さいことのように思えて、

しょっちゅう通ってた気が…(^ー^;

夜の海はさぁ、月に照らされて、

水面がキラキラしてて、

幻想的とゆうか何とゆうか。

とにかく癒されるんだょね。

今日は、ここで少しゆっくりしょ〜っと(σ・∀・)σ

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2006/06/24

届かなかった千羽鶴

1年半前、たぁのおばあちゃんが亡くなった。

その、さらに半年前、

余命半年ということを、夜中、電話で知った

たぁは、私を起こして、

泣きながら、話した。

たぁは、昔からおばあちゃん子だった。

両親共働きの家だったから、

おばあちゃんに育てられたって言っても

いいくらいらしい。

私にとって、たぁが涙を見せたのは、

後にも先にもこのときだけだった。

そのときは、まだ病気が治る見込みが少しはあった。

だから、私とたぁは、千羽鶴を折ることを決めた。

毎日30羽くらい折って、500羽位になったとき、

たぁは、突然もうやめようと言い出した。

それは、病気が治らないということが

はっきりしたからだった。

治らないって分かっているのに、

千羽鶴を持っていくのは、逆に辛いことなんだって。

私は、気持ちなんだから、いつか持って行きたかった。

だけど、届けることはなかった。

本当にいいおばあちゃんだった。

何回もたぁの実家へ行っては、

美味しいご飯を作ってくれて。

でも、見るたびに弱っていく

おばあちゃんの姿を見ているのが、

とても辛かった。

最後まで、自宅療養だったから、

ついに寝たきりになったとき、

もう、次は会えないかもしれないと

思ったとき、

いつも何もしてあげられなくてごめんね。

と、おばあちゃんに言われた時には、

自分も何も出来ないのに、本当に申し訳ない

気持ちでいっぱいだった。

亡くなる直前、

私は立ち会えなかったけど、

たぁと私が結婚するところを

見たかったって、言ってたってのを

後から聞いて、

私は、ただ、泣くしかなかった。

たぁの実家に行ったら、たぁと私のために

夫婦箸が置いてあった。

おばあちゃんが、買っておいてくれたみたいで、

それを見ただけで、色んなこと

思い出しちゃって、

人が亡くなるってことの意味をすごく

考えさせられた。

もっと自分しっかりしなきゃいけないなぁ

って思った。

弱音はいたり、投げ出したりしないで、

がんばらなきゃって思った。

私にとっても、たぁとの中で

一番辛い出来事になった。

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2006/06/20

きっかけはプロポーズ(*^・^)♪

今月、たぁと丸2年半の付き合い記念日を迎えました。
1年くらい前に、こんな出来事があったから、
思い出し書きしてみました。

2回目の沖縄は、 本島から船で行く、
阿嘉島という離島だった。
付き合って1年半くらいのときかなぁ〜。


小さな島の、 小さな旅館に泊まって、
そこには、屋上にテラスがあった。
海を一望しながら ふたりでお酒を呑みながら、
将来のことを話してた。

今考えても、

史上最大級にドラマティック♪

な演出だったと思ぅ(^ー^;


まぁ『やっぱ沖縄はいぃねぇ。
   時間の流れがゆっくりだし、
   風が気持ちいぃね(^ー^*)』

たぁ『そぅだねぇ。 またふたりで来たいね。』

たぁ『あのさぁ、そろそろまぁの両親と
     会う機会を作って欲しいんだけど…?』

確かに、たぁの両親と私は
何度も会ったり、泊まったり、
一緒に旅行行ったりして、
いぃ関係になってたけど、
たぁを、私の両親に会わせたことは、
1回しかなかった。
ママには、よく色々話してたけど、
別に会わせたくなかったわけでもなくて、
一緒に帰省すると、
たぁ家の方が手前だから、
わざわざ私の実家まで来ることも なかったんだけどね…

たぁ『別に、会ってすぐ“娘さんを下さい”
      
だなんて言わないょ。
      そういうのじゃなくて、
     普通に自分のことを、
      もう少し知ってもらいたいんだ。』

まぁ『うん、そぅだょね。 でもそれって、ゆくゆくは…?』

たぁ『結婚するからでしょう

まぁ『ほへっ??(゜o゜)?
      何なに、それってプロポーズ??』

たぁ『だからぁ……結婚しょぅょ。』

まぁ『(\*〃▽〃)/』

まぁ『え?ごめ〜ん、聞こえなかったぁ〜。
    ねぇ、もう一回言ってょ。』
    
(こりゃ鬼のよぅな発言だね(^ー^;)

たぁ『もぅ言わないよぉ( ̄^ ̄)』

まぁ『うそうそ、ちゃんと伝わったょ(*゜ー^)
   早く結婚できるように、
   お互い頑張らなきゃね。
      でも、本当に結婚するときには、
      またちゃんと、プロポーズしてょねっ♪』

たぁ『当たり前じゃん('ー`)』やけに得意気

月に照らされた水面が本当に綺麗で、幻想的な夜だった。

冗談で、 たぁ『早く結婚しない?』 とか、
ホントこれまでいっぱい聞いてきたけど、 この時ばかりは
まぁ『こいつ(失礼…)本気じゃん('∀'●)』 って思った。
ちゃんと私のこと考えてくれてたんだ…

そのことは、うちらの中では大きな節目になった。

でも、たぁ自身、結婚を決意したのは、
付き合った年の秋だったそうな。


まぁ『決め手は何だったん?』

たぁ『まぁがあまりにも手のかかる子だからー。』

まぁ『何ぃぃ〜?(`Д´)=3』

たぁ『……ってのは冗談で、、
      自分に合わせてくれることを、
      苦にしないで、 付き合ってくれるとこだょ。』

確かに私、他人に合わせるのは
特に苦にならないんだょね。
まぁ、それだけで 決められたわけじゃないとは思うけど、
基本的に、お互い足りない部分を補い合う存在だったからね。


相手に信頼されることは、 自分にとって、
何をするにも、本当に心強くなった。
私はあんま、思ったことを 上手く伝えられないから、
どんな形でもいいから、 応えていきたいと思えた。

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2006/06/07

私を変えた一言

あれはまだ、たぁと付き合い始めて
半年くらいだったかなぁ。

うちら、付き合い始めから同棲してたから、
そのころは、忙しくても、
『何でもちゃんとやらなきゃ』
って、とにかく必死になってて、
結構、完璧主義な面もある私は、
大学にバイトに家事にって本当ずっと
せかせか働いてて。

だけど、やっぱり疲れちゃったときとか、
やりたくないと思いつつも、
無理してやってたんだよね。


そしたらやっぱりある日ツケが回ってきて、
本当に何もしたくなくなっちゃって、
でもやらなきゃって思うのに、


ちゃんとできない自分が嫌で嫌で、
わんわん泣いてたら、


たぁが、

もっと楽になりなよ。

まぁは、肩の力もっと抜いたほうがいぃよ。

ひとりで抱え込まないで、

今日出来なくても、無理しないで

明日やればいいじゃん。』


って。


私はそれまで、楽をするとか考えたことなかった。


やらなきゃっていう気持ちが大きくて、
明日でいいやって思う余裕なんてなかった。


だけど、その時の私にとって、
その言葉は、
立ち止まって考える時間をくれた。

私は何でもすぐに行動に移して
突っ走っちゃうから、
ブレーキかけてくれるたぁが必要だって、
改めて思った。


今は何事も適度に気を抜いてやってるし、
家事も一緒にやることが少しずつ増えて、


楽しんでやればいいじゃん

って
思えるようになった。

きっと、あのころの私はすごい
ピリピリしてたと思う。

『たぁ、ごめんね。
 きっと、いっぱい当たったりしてたね。』

だけど、ふたりにとって一番の幸せは、
何でも完璧に出来ることなんかじゃなくて、
一緒に楽しく毎日を過ごすことなんだよね。




ママにその話をしたときは、

『もう、たっくんにしなさいょ』(将来のこと)
(ママはいつのまにかたっくんと呼んでたけど(^-^;

と、たっくんのことがお気に入りになっちゃって、
何かあるたびたっくんは?ねぇたっくんは?
って聞いてくるくらい・・・


他人の辛さや痛みに気づけることって
すごく大事だなぁと思った。

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2006/01/30

あのときの気持ち・・・

卒業研究をしながら、いろんなことを
考えてきた。実験をしていると、
いろんなことを考えるものである。
日記にこんなことがかいてあった。

あのとき私は、
何を探し求めていたんだろう。
何がしたかったんだろう。
何かに夢中になりたくてしょうがなかった。
欲しいものなんて、何もなかった。

ただひとつ欲しいとするなら、
自分に自信を持ちたかった。
自分の道をはっきりさせて、
強い意志を持ちたかった。

小さなことに傷つく
そんな自分が大キライだった。

人に見られたくなくて、
少しうつむいて歩いた。

何でもないことなのに、
涙が溢れた。

これでいいのかどうかは、
誰も教えてはくれない。
もう後戻りもできない。

夢は、願い続けることはできるけど、
いつか諦めなきゃいけないときがある。

私は、何がしたかったんだろう。
何をするために生きていくんだろう。

中略・・・・(^-^;

自分が生きていく中で、
一番大切にしたいのは、
家庭を築くってこと。
そのためには、大切な
パートナーと離れるわけにはいかない。

それが自分の出した結論だった。
私は、そのために地元の企業に就職することを決めた。

バカップルの甘い考えと笑われるかもしれない。
人の気なんて変りゆくものだと言う人もいるかもしれない。

だけど、変わらないものだってたくさんある。
私の気持ちは変わらない。
これだけ毎日一緒に居て、お互いのこと
解かり合えて、もちろん、
すべてが合うわけじゃないけど、
いいところも悪いところも「好き」として
認められる。

何かしてあげなきゃって思えることは、
自分の居場所があるってこと。

根拠なんてないのかもしれない。
だけど、きっとうまくいく自信がなぜかあった。
同時に、あなたを信じているからこそ、
この答えにたどりついた。

今できることを全て投げ出さずにやり通すこと。
それだけでも十分だよ。
背伸びしなくたっていい。
無理しなくたっていい。
自分のできることをやればいい。

どうやら悩んでいたんですね(^-^;
周りから完璧に見られることに疲れていたんでしょう。
確かに頑張っていたけれど、
期待されたり、褒められることは、重いし辛い。
光の部分なんて、見て欲しくなかった。
影の部分をもっと見て欲しかった。

今読み返しても、ちょっと重たい・・・


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2006/01/29

時間が教えてくれたもの(・_・ )

前の彼と別れたときは、とても辛かった。
自分から別れを切り出し、私は、たぁを選んだ。
辛いのは、振られるほうだけじゃない、
振るほうも辛いんだって初めて知った。

たぁとは、大学の車のサークルで知り合ったのですが、
知り合った当時は、お互い付き合っている人がいて、
いまだに、どうしてこうなったのだろうと思うこともあるくらい・・・

ある耐久レースが終わった後、
いつものようにお疲れメールを送ったのだが、
いつもならそれで終わりなのに、
そのときだけは、珍しくメールが続いた。
ドライブに行く約束をして、
何度かドライブに行った。

私は、たぁの気持ちが分からなかった。
自分をどういう対象として見ているか、
分からなかった。同時に、
自分の気持ちも分からなかった。
この人のこと、好きになりそうだけど、

自分には、彼氏がいる・・・

でも、今考えてみれば、完全に
たぁに逃げていたのですが・・・

そのときの彼氏に私は大きなうそを
つかれていました。
本人の口から聞いたのではなく、
そのことを隠されていることが
とても嫌でした。
すべてがうそかもしれないと思うと、
信じられることなんて
何ひとつありませんでした。

もう駄目だと思ったとき、
たぁから告白されました。
私は、別れる決心をして、
彼に別れを告げました。

なかなか、納得してもらえませんでした。
隠していたのは、私に嫌われたくなかったから。と。
その人にとって自分がどれだけ大きな存在になっていたかは、
別れた後に気づきました。
でも、もう遅かった。
もう何言われても、信じられないほど、
自分もおかしくなっていた。

もう会いたくなくて・・・
顔も見れなくて・・・
声も聞きたくなくて・・・
忘れたい・・・

全部、忘れたい・・・!!
電話が鳴るたびに怯えていました。
メールもずっと来ました。


早く忘れたかった。
でも、結局忘れられなかった。
1年たっても、2年たっても・・・

だって、そのときは、
その人が1番好きだったんだから。
時が流れても、忘れることなんてできないんだと。
そこまで辿りつくのに1年かかった。

メールも、ちゃんと返すようになった。
今でも、時々メールをするくらい・・・

別れたときは、相手を傷つけてしまったことで、
逆に自分も傷ついていた。
でも、ようやく肩の荷がおりて、

「これで、よかったんだ。」
と納得できるようになった。

これからも、この関係を続けていきたい。

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忘れられないキーケース(u_u)o"

たぁと付き合ってまだ3ヶ月のとき、
サイパン旅行へ行き、誕生日が近かったので、
ヴィトンのキーケースを色違いで買ったのですが、
わずか2ヵ月後、私、

なくしました(>_<)”
大学へ行く途中で落としたのに気づいたのは、
授業が終わった後で、
捜しまくりましたが、結局見つからず・・・

私は、たぁに怒られると思いました。
二人で買った大切なものだったから。
恐る恐る電話をしたら、
なぜか、たぁは怒らなかった。
一緒に捜してくれて、見つからなかったけど、
最後まで、怒ったりしませんでした。

「何で怒らないの?」って聞いたら、
「まぁが、一番ショックなのは分かってるから。」と。

今考えてみれば、私のたぁに対する見方が
大きく変わった転機だと思う。
付き合って半年くらいで、まだ相手のことつかめないときに
文句ひとつ言わず私の心を気遣ってくれた。
私は、そのときはまだ、前の恋愛が原因で、
人を信じるのが怖かった。
だけど、
「この人、偽善者じゃない」って思えた。

いつもやさしいわけじゃない。
だけど、自分が本当に辛いときに
差し伸べてくれた手が、
信頼につながった気がする・・・

結局キーケースは、その年のクリスマスに
同じものを買ってもらったけれど、
もうなくせません(^-^;

いろんな「おもい」の詰まったキーケースは、
今も大切にしています。

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